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アフリカうまか日記

アフリカで食べまくります!2017年2月12日に出国予定です!

ビクトリア湖のめぐみ

 こんにちは。無事、最終目的地ケープタウンに着きました。私にとっては3年ぶりのケープタウンです。南半球なので日本と季節は反対。清々しい秋空です。

 さて、今回はケニア編です。ケニアでは首都ナイロビから150kmほど離れたナクルとい う町に滞在しました。ナイロビはいささか治安が不安ですが、ナクルは比較的治安はいいし、なにより宿も食事も安くで済みます。さらに渋滞も少ないので、出かけるのにそれほど手間取ることもありません。

 

Vol.13 ティラピアの素揚げ

 前回に引き続き登場するのはティラピアです。でも、ウガンダで食べたものとは違ってこぶりなものを一匹まるまるいただきます。場所はショッピングモールの隣りにある地元の人で賑わうレストラン。平日の午前中にも関わらず多くの人で賑わっていました。

 今回は付け合せにウガリ(とうもろこし粉をお湯で溶いて練り固めたもの)にします。オーダーして待つこと10分ほど。カラッと揚げられたティラピアが出てきました。まずは添えられた小さなレモンをギュッと絞って一口。ちょっと塩気が足りないので、塩をふってもう一口。

 ウガンダで食べたスープとは違い、パリパリの皮まで食べられちゃいます。魚とウガリを順番に口に入れながら噛み締めます。ウガリは食感でいうと鹿児島名物「かるかん」に近いものがあります。砂糖は入れないため、とうもろこしそのものの甘さはあるものの、全体としては淡白な味です。

 淡白だからこそ薄味の白身魚とはよく合います。ウガリは日本におけるコメと同じように「主食」なので、辛い料理と食べることだってあります。トウガラシの効いたおかずやスープにつけて、ウガリを豪快に手で食べるのよし。でも、薄味のティラピアと真っさらなウガリを合わせるのも「いとをかし」なんです。

 

Vol.14 ティラピアの揚げ浸し

 さて、もう一品。今度はティラピアの揚げ浸しです。英語で書けば「Wet Fry」。でも、日本語でいう「揚げ浸し」といえば、ナスの揚げ浸ししか聞いたことがありません。さっき念の為、googleで「揚げ浸し」と検索したのですが、出てきたのはナスの揚げ浸しの画像ばかりでした。

 ということで、今回「Wet Fry」をどう訳すか迷いました。「あんかけ」でもないし、「〇〇漬け」でもないし・・・。適当な語が見当たらないので、ここではとりあえず「揚げ浸し」と呼ばせてもらいましょう。百聞は一見にしかずなので、まずは御覧ください。

 揚げてあるし、なにかに浸ってるし。そうです。揚げ浸しなんです。とはいえ、浸り具合が浅い。近い料理としてはアジの南蛮漬けのような感じです。ただ、もちろん南蛮漬けではないので、酸っぱいわけではありません。

 塩気のきいたソースにはニンジンとパクチーが入っています。このパクチーが空腹を刺激してくれます。先程の素揚げとは違って塩気の濃いソースに負けない香りを与えてくれるのがパクチーです。

 そして、今回の付け合せはご飯。東アフリカでは、お米もそれなりに食べられています。魚の身とソース、それから付け合せのスクマ(ケール)を一気にすくって、口に運びます。ここのお米はウガンダルワンダで食べたものとは違い、日本米にちかいお米でした。慣れ親しんだお米はやっぱりうまいです。

 立て続けにティラピア料理を2品も紹介してしましました。これも東アフリカの水甕であるビクトリア湖のおかげです。ウガンダケニアタンザニアの参加国にまたがるこの湖は、生活に欠かせない水はもちろん、豊かな食べ物を届けてくれます。その一つがティラピアなんです。

 ちなみに、ナクルにも湖があります。ナクル湖という塩湖で、動物たちが集まるため国立公園に指定されています。とはいえ、ここは塩湖であるため食用の魚は取れないそうです。だから、湖が直ぐ側にあっても少し離れたビクトリア湖から魚が運ばれてくるのです。

 

 さて、ここまでいい食べ物ばかり(とはいえ300円以内で食べられるものが多いですが)紹介しすぎた気がします。そこで、次回はもっと安くで食べられるストリートの食べ物について紹介したいと思います。お楽しみに!

おやつ in ウガンダ

 現在、南アフリカのナイズナ(Knysna)という町にいます。旅も残す所、あと4日間となってしまいました。旅立ちの日には、いつも途方もない旅路が待っているようにに感じてしまいます(実際、今回はアフリカをほぼ縦断しているので途方もないのですが)。でも、旅も終盤になってくるとなんだかあっという間だった気がしてきます。寂しい。

 さて、気を取り直して今回はウガンダの旅の後編を記したいと思います。どうぞ。

Vol.9 ティラピアのスープ

 ティラピアはアフリカ全土で広く食されている淡水魚で、さっぱりとした味の白身魚です。なんといってもウガンダの首都カンパラは、アフリカ最大の湖であるビクトリア湖が間近にあります。湖岸で獲れるティラピアは、人びとの食生活にも欠かせません。

 今回はそんなティラピアのスープをいただきました。今回の旅で初めて食べる魚です。オーダーするときに頭か尻尾、真ん中の部分かと聞かれたので、「真ん中」と回答。するとこんなスープが出てきました。

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 久しぶりの魚介類に興奮しながら、厚めの皮をフォークで剥ぎます。これくらい大きなティラピアだったら、鮭の切り身についてくる皮くらいの厚さです。肉厚な身をスープに浸してぱくり。あぶらが浮いているスープに、さっぱりした白身魚。しつこすぎず、たんぱく過ぎず、ほどよいバランスです。

 スープを少しすくって、付け合せのマトケ(マッシュポテトのようなもの)にかけて食べます。これが旨いんです。思わず声を出して唸ってしまいました。魚からも出汁が出ているスープとマトケってよく合うんですね。

 魚は骨もありますが、ほとんどが太い背骨なのでさほど苦労することなく食べられます。身をほぐしてはスープに浸してぱくり。マトケにスープをかけてぱくり。あっという間に完食です。

 ちなみに、左の皿に乗っているものは上の白いものが白米、時計回りに揚げたジャガイモ、パスタ、マトケ、スクマ(ケールのおひたしのようなもの)になります。マトケとスープの相性が格別でしたが、どれをスープと合わせてもよく合いました。ティラピア出汁の万能性に脱帽です。

 

 

Vol.10 アイス

 おやつの時間が嫌いな人は果たしてこの世にいるのでしょうか。いや、きっといるとは思うのです。でも私は今のところ出会ったことがありません。かくいう私もおやつは好きです(ご飯はもっと好きだけど)。

 ということで、今回はおやつ特集です。

 まずはみんな大好きアイスクリーム。赤道直下のウガンダ。そりゃ標高は高いし涼しいときもありますが、基本的には暑いです。だから、食後のアイスクリームは心を踊らせてくれます。

 ここで問題。アイスはどこに行けば手に入るのでしょうか。海岸部のリゾート地であれば、アイス売りのおばちゃんやお兄ちゃんがアイスの入ったカートを引いていたりします。しかし、ここは内陸でリゾート地とはかけ離れた大都会です。近所のキオスクに行っても冷蔵庫まではあっても冷凍庫はなかなかありません。そうすると行き着く先はひとつ。大型スーパーです。

 アフリカ地域にはいくつかメジャーなスーパーがあります。東アフリカに展開しているナクマット(Nakumatt)やウチュミ(UCHUMI)、南部アフリカを中心に展開しているピック・ペイ(Pick Pay)やゲーム(game)。こちらも南部アフリカ中心ですが、アフリカ全土で広くみられるショップライト(Shoprite)。店舗にもよりますが、学校の体育館ほどの広さの売り場があり、運動場ほどの広さの駐車場が併設されているのが基本です。

 今回行ったのはウガンダのタウンにあるショップライト。下町にあるため白人もほとんどおらず、地元の人で賑わっています。冷凍コーナーに並ぶのは、チキンや牛肉、ソーセージなど。アイスクリーム・アイスキャンディーも端の方にあります。

 アイスは数十円〜100円程度で買えます。今回買ったのはこちらのシンプルなバニラアイス。溶けないようにすぐに宿に持ち帰って食べます。

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 スプーンをいれると、あっという間に溶けかけたアイスが力なくまとわりつきます。まずは一口。シャリッという食感とともに一瞬バニラの香りがして、あとは甘ったるい砂糖の味だけが口に残ります。砂糖をかけたかき氷のような味です。まずくはないけど物足りない。もう一口。またバニラの香りがして、儚く消えていきます。

 日本でもそうですが、こうして売っている安いアイスはほとんど「ラクト・アイス」と呼ばれるもので、乳成分の割合が高い「アイスクリーム」(ハーゲン○ッツ等)とは異なります。だから、こうしたアイスもアイスクリームというよりは氷菓子のような味がするんです。

 決してほっぺたが落ちるほど美味しいとは言えませんが、食後のひとときを涼しく過ごさせてくれる一品としては気に入っています。

Vol.11 ブドウ

 カンパラでは道を歩いていれば必ず果物売に出くわすと言っても過言ではありません。手押し車で引いている人、持てる分だけ抱えてくる人、頭に乗せてくる人など運び方や売り方は様々ですが、少量から安くで売ってくれるのが魅力です。スーパーや市場ではキロ単位で買わないと嫌な顔をされることがあるので、少量で売ってくれるのは一人旅の私にとっても好都合なんです。

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 よく町で目にするのは、バナナにマンゴーとパイナップルです。西アフリカであればギニア湾岸、東アフリカでいえばインド洋に面した地域では、ココナッツをよく見かけます。ほかにもパパイヤ、スイカはよく見かけます。

 今回購入したのはブドウです。珍しかったので思わず買ってしまいました。あまり東アフリカ産のブドウを見かけることはないのです。最近になって、タンザニアの首都ドドマでワイン産業が試みられているようですが、それ以外はほとんど聞いたこともありません。

 さて、早速洗ってパクリ。うーん。酸っぱい。さらに種無しかと思いきや、小さいのに立派な種が入っています。生食用というよりは、ワイン用に近い気がします。いくつ食べても渋いし種はあるしで、舌の感覚がなくなっていきます。食べ終わったときには、口の中の皺が二倍にも三倍にも増えた気がしました。

 食べてみて思ったのは、やっぱりマンゴーがよかったということです。日本で買うマンゴーは当たりハズレがありますが、東アフリカ食べるマンゴーはほとんどハズレがありません。そんなマンゴーの話は、ケニア編でしたいと思います。

 

 Vol.12 マフィンとジュース

 宿の近くで人がたくさん集まっているお店があったので、とりあえず並んでみました。なにが売っているのか後ろからは見えませんが、とりあえず何か美味しいものが売っているようです。

 10分ほど並んでショーケースの中をのぞきこむと、マフィンとドーナツがぎっしりと詰まっています。ちょうど翌日長距離バスに乗る予定だったので、ちょうどいいおやつにとマフィンをひとつ購入。ジュースも買いました。

 マフィンは手作りで、プレーンとチョコ、ミックスがあります。とはいえ、完全にプレーン、完全にチョコのマフィンは数個しかありません。ほとんどがミックスです。それもプレーンとチョコの割合は様々。プレーン:チョコが、9:1もあれば、5:5も1:9もあります。私は1:9のチョコが多いものをもらいました。

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 宿に帰って、バスの荷造りをしているとどうしても小腹が空いてきます。これはもう食べるしかありません。ということで、かぶりつきます。

 パサパサしすぎず、ねっとりもしすぎず、ほどよい感じです。歯にまとわりつくこともなく、ボロボロこぼれ落ちることもあまりなく、絶妙のバランスです。思わず食べ過ぎそうになりますが、半分だけバスの旅のために残しておきます。

 ジュースはマンゴージュースです。ちょっと化学的な味がする薄めのジュースです。手作りで安心感のあるマフィンと比べて、なんとも心無い味です。といいつつも、甘いマフィンに対して淡い酸味が心地よくこちらは全部飲み干してしましました。

 長距離バスの旅には少々心もとないですが、半分だけ残したマフィンとともにケニアに向かいます。

 

エコ・バナナ

 こんにちは。灼熱のダルエスサラームに滞在中の今泉です。これまで滞在した都市はどこも冷涼な都市だったので、一層暑さが堪えます。明日は、ここから南アフリカのダーバンまで飛行機で行きます。気温はさほど変わらないようですが、南アフリカを南下するにつれて涼しくなっていくようです。

 さて、今日はルワンダの後に滞在したウガンダカンパラでの食事について書こうと思います。カンパラウガンダの首都で、高地のため比較的涼しい場所です。また、人口はお隣ルワンダの3倍ほどで、肌でマンパワーを感じる都市でもあります。

 

Vol. 7 ピラウ

 そんなカンパラで最初に食べたのがこちら。

 東アフリカでは、どこでもおなじみのピラウと呼ばれる食べ物です。場所によっては、ピラオと発音したりもするようです。お気づきの通り、日本のピラフと非常に似ています。基本的には牛骨出汁で米を炊き、牛肉と菜っ葉がすこし入っています。

 コメの種類は場所によって異なり、縦長のタイ米もあればふっくらとした日本米に近いものもあります。ウガンダで見るコメは、ほとんどタイ米でした。

 牛骨出汁で炊くため、少々日本のピラフとは味も食感も異なります。どちらかというと、炊き込みご飯に近い感じです。お店でピラウをオーダーすると、ピラウ単品ではなくソース(シチュー?)やサラダなどの付け合せがついてきます。

 庶民的な食堂から少しグレードアップすれば、ピラウにチキンや焼き魚をつけることもできます。とにかく、薄味の米料理なので何にでも合うのが特徴です。味に飽きてきたら、手前の鶏肉が入ったスパイシーなソースをすこしかけていただきます。また、付け合せのキャベツも日本の漬物みたいな感じで、ピラウとよく合います。

 このピラウという食べ物、ゴツゴツとした牛骨がそのまま入っています。気をつけて食べなければ、ゴリっと口を傷つけたり、歯が欠けてしまうんです。だから、大口を開けて頬張りつつも、慎重に咀嚼して骨は出さなければならないんです。これが以外と面倒です。

 

Vol.8 ルウォンボ

 次に頂いたのが、ルウォンボという料理。見た目からして、「いかにもアフリカ」っていう感じじゃないでしょうか。


 ルウォンボは、バナナの葉っぱでつつまれたスープです。具は鶏や牛、ヤギや魚など選ぶことができます。肉抜きの野菜だけのものもあります。私が選んだのは鶏のルウォンボ。スープの中には、チキンとジャガイモが入っています。

 まずはスープを一口。透き通ったスープはあっさり塩味。バナナの葉の香りがあとから鼻を抜けていきます。なんだろうこの感覚。チマキや柏餅など日本でも葉っぱで包まれた料理はいっぱいあると思いますが、そのどれとも違う感じです。少しだけ似ているとしたら、奈良の柿の葉寿司の葉の香りに似ている気がします。

 チキンはもちろん美味しかったのですが、おどろいたのはジャガイモ。ほくほくして、あっさりめで汁の多い肉じゃがのジャガイモのような味です。いやー旨い。

 そして、このスープと食べるのが色とりどりの主食です。左下の写真のお皿に盛り付けられているのは、マッシュポテト(マトケ)、石鹸みたいな色のゆでたキャッサバ、かぼちゃ、そしてピラウです。スープとお皿の間にあるのは、落花生のシチューです。こちらは、ルワンダで食べたものとほとんど同じです。

 スープをすくってマトケを食べて、チキンをかじってキャッサバをかじり、落花生のシチューをピラウにかけてかきこみます。なんだ、この炭水化物のオンパレードは!もう、満腹です。

 今回、初めてルウォンボを口にしたのですが、バナナの葉の有用性には本当に感心します。風呂敷代わりに使うこともあれば、屋根に使うことも会ったり、蒸し料理にも汁ものにも使えるとは。恐れ入ります。これほど、エコでハイブリットなバナナが日本で育たないのが残念でなりません。なんだか大損している気がします。

 

 さて、下町でメシを食ったあとは現地のスーパーなんかにも行ってみました。次回はそこで出会ったうまいもんについて書きたいと思います。

 

新婚さんの食卓

 

 エチオピアの首都アディスアベバから飛行機でおよそ2時間。東アフリカの内陸国ルワンダの首都キガリに降り立ちました。埃っぽいアディスアベバとは違い、大きな雨粒が降り注いでいます。今回の訪問で、ルワンダを訪れるのは三度めになります。最初は大学2年生の夏、西部の町ブタレを中心に旅しました。次に訪れたのが大学4年生の夏で、首都キガリに滞在しました。今回も前回と同様に首都キガリに滞在しました。


教区のミーティング

 私がルワンダを三回訪れたうち三回とも会っている友人がいます。名前はアルフレッド。IT企業で忙しく働いています。彼と初めて出会ったのは日本でした。当時、私と彼は日本ルワンダ学生会議という団体に所属しており、その活動一貫として来日した彼に会うことになったのです。なかでも思い出深いのが、学生会議で彼を長崎に招いたことです。祖父母の家にホームステイしてもらい、原爆資料館をめぐったり、南山手で街歩きをしたりしました。今でも彼は「住みたいのは東京だけど、日本で一番美しい町は長崎だよ」と言ってくれます。

 さて、最初にルワンダを訪れたときは彼はまだ学生でした。次に訪れたときは、会社に就職し独身生活を謳歌していました。そして、今回は昨年12月に結婚したばかりの新婚家庭に迎えられることになりました。彼は着実に人生を歩んでいるのに、自分は最初訪れたときもそして今も学生だなんて・・・。そう言ってもしかたのないことなので、自分は自分の道を歩むしかいないですよね。

 ルワンダに着いた日は金曜日で、居住区のクリスチャンが集まるミーティングの日でした。会場はある信者の家で、当番制で変わるそうです。会社員、銀行員、退職者、学生などさまざまな職業の人が15名ほど集まり、日常的なできごとの報告や、聖書の解説をし合ったりします。ミーティングの終わりには、それぞれが祈りを捧げたい人を告白し参加者全員で祈ります。

 およそ2時間ほどのミーティングの後は食事です。食卓に並んだのは、茹でたキャッサバとプランテンバナナ、ジャガイモ、それから揚げパンとチャイといった簡素なものです。私はクリスチャンではないのですが、お礼を言って少し分けてもらいました。エチオピアからの移動もありどっと疲れた身体に、シナモン入りのチャイが染み渡ります。

 今回のミーティングに参加していても感じたのですが、この国で暮らす人たちは(といっても私が知っている限りですが)他のアフリカ諸国と比べて熱心なクリスチャンが多いように思います。アフリカ大陸全土に教会はあるのですが、日常のなかで祈ったり神様の話をする友人も多くいます。

 だからこそなのでしょうか。長崎の原爆資料館を訪れたとき、アルフレッドは相当衝撃を受けていました。なかでも足を止めていたのは、焼け溶けたロザリオの展示です。クリスチャンがクリスチャンの頭上に原爆を落としたことが信じられないと口にしていました。

 それから彼が感銘を受けていたのは、『この子を残して』の著者であり放射線医療研究者であった永井隆博士です。永井博士はクリスチャンでした。彼は原爆によって被爆するよりも前に、放射線研究のために被爆していました。8月9日の原爆投下の際は、自らも大怪我をしながら救助活動を懸命に行いました。戦後寝たきりになっても「如己堂」と呼ばれる小屋のような家で執筆を続け、戦争の悲惨さを伝える作品をいくつも残しました。

 アルフレッドは会う度に「永井博士をいつも思い出すんだ。本当に彼を尊敬しているんだ」と言ってくれます。なんだか自分のことのように嬉しくなると同時に、長崎で生まれ育った者として原爆の歴史を伝えていかなければという思いにも駆られます。

 

新婚の味はピーナッツ?

 さて、アルフレッドの家に戻りましょう。ある日の昼食で出てきたのは落花生のシチュー。落花生といえばピーナッツと同じものですよね。イギリス英語ではこれをGround Nut(グランド・ナッツ)と言うそうで、ルワンダではG-Nut(ジー・ナッツ)と呼ばれています。ご飯などにかけてこのシチューを食べます。

 見ためはちょっと日本ではあまり馴染みがない感じです。似ているとすれば白和えでしょうか。ただ、トマトも入っているのでピンク色の白和えのような色合いです。正直言って、美味しそうな色合いではありません。ですが、とっても美味しいんです。ナッツの香ばしい感じとトマトの酸味がほどよくご飯によくあいます。

 アルフレッドにこれうまいよね、というとあまり芳しい表情を見せてくれません。どうやら彼はあんまり好きではないようです。「じゃあ、なんでこれが昼食なの」と聞くと、「妻がこれが好きだからさ」と一言。どうやら新婚の味は譲り合いの味、アルフレッドにとってはピーナッツの味のようです。

 

 別の日に食べたもう一品。アルフレッド曰く「アサンテ」と呼ばれるものらしいのですが、豆とカボチャの煮物です。味付けに使われている調味料が「アサンテ」と呼ばれることから、彼はこの料理をアサンテと呼んでいるようです。ちなみに、アサンテはスワヒリ語で「ありがとう」を意味する言葉です。ルワンダでは、スワヒリ語よりもはるかにルワンダ語が話されていますが、商品名にはスワヒリ語が使われることもあるようです。

 こちらも落花生のシチューと同様に、ご飯にかけていただきます。冷めたご飯に冷めたアサンテをかけて食べたのですが、これも不思議とイケます。ふと思ったのですが、こちらの食べ物は冷めても美味しいものが多い気がします。まだどこの家庭にも電子レンジがあり、ガスがあるという状況ではないからでしょうか。冷めたまま食べても違和感がないのです。

 ちなみに、アサンテもアルフレッドは好きではないそうです。じゃあ、なぜ食べているのか・・・。もうみなさん理由はおわかりですよね。新婚の味は譲り合いの味、アルフレッドにとってはアサンテの味なのでした。

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千の丘の国と長崎

 楽しかったルワンダ滞在もあっという間に終わってしまいました。最後はバスに乗って隣国ウガンダへと向かいます。まずキガリの町にひときわ大きく目立つ建物、キガリシティタワーへと向かいます。そして、タワー下のバス停へ。驚いたのはバス停が、とっても整然と整備されていることです。人びともきちんと列を作ってバスを待ちます。

 ここまで来るときも、ICカードを利用するバスがあったりとルワンダの変貌は目を見張るものがありましたが、このバスターミナルが一番の驚きでした。ただ、いくら箱はあってもなかなかバスが来ない・・・。バスが来たとしても長蛇の列のため、乗れるのは1時間後だったりします。

 1時間待った挙句、ウガンダ行きのバスに間に合いそうになかったので、バイクタクシーで長距離バスターミナルへ。不満に思いながらも、一瞬でそんな感情も吹き飛ぶ景色が眼下に広がります。山の斜面に無数に光り輝く灯火。ルワンダの丘を駆け下りながら見える景色は、さながら長崎の夜景です。きらめく光を目の前に、少しだけ故郷が恋しくなった旅立ちの夜でした。

 


 

ジャンキー・エチオピア

こんにちは。今泉です。今日もウガンダの首都カンパラにいます。これから夕方に出るバスに乗って、4番目の国ケニアへ向かいます。その前に、エチオピアの旅の続きを報告したいと思います。

* 今回は写真が重たくてあげられていません。後日アップロードします。

 

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 ナショナリズムグローバリズム、そしてコロニアリズム。アフリカでご飯を食べていると、これらをつぶさに感じます。政府が推奨しているもの、いわゆる「国民食」と呼ばれるものであればナショナリズムを感じます。地球規模に広がるチェーン店やアメリカ化、最近であれば中国化されたものをみればグローバリズムを感じ、旧宗主国の影響を残したものにはコロニアリズムを感じるのです。今回はエチオピアで食べて感じたグローバリズムコロニアリズムについて書きたいと思います。

 

vol.3 ハンバーガ

 アディスアベバだけでなく、エチオピアの多くの都市にはバーガーショップがあります。いつごろから、どういう経緯で増えたのかはわかりませんが、アディスアベバの若者の中ではポピュラーな食べ物になっているようです。アディスアベバの町を歩けばあちこちでバーガーショップに出くわすのですが、専門店以外でもカフェであればほとんどの店で数種類のバーガーが提供されているようです。

 バーガーのつくりはシンプルで、バンズに肉(パテ)、レタス、トマト、チーズ、タマネギなどが入ったものです。肉は、ひき肉もあればチキンもあります。基本的にチップス(フライドポテト)が添えられてきます。

 このバーガー、なかなか一人で食べられるものではありません。どこにいってもとにかく巨大なんです。なんといっても存在感があるのは、人の握りこぶしほどあるバンズです。そして、端はカリカリで中はジューシーな食感を楽しめるパテも満腹中枢を刺激します。さらにチップスがあるので、半分食べればもうお腹いっぱいです。

 なぜでしょうか。アディスアベバの一人前を頼むと、二人前の量が出されることがよくあります。もちろんバーガーも例外ではありません。店先を見れば、二人でひとつのバーガーをシェアしている人が何組もいました。基本的にシェアされることを想定した分量なのでしょうか。いずれにせよ、一人旅としてはちょっときついものがあります。

 ハンバーガーといえば、グローバリズムの象徴でしょう。アメリカ発の世界中で消費される食べ物の代表ですよね。グローバリズムの特徴として、共通性があります。日本でもエチオピアでもアメリカでも、同じような共通する食べ物、味を感じることができるのです。ふだん日本で食している味を感じるのですから、グローバル化された味には慣れ親しんだ安心感を感じるのも事実です。

 ここで面白いのが、エチオピアのバーガー文化はどうやら単なるグローバリズムの賜物ではないということです。なぜか。エチオピアのバーガーショップは、アメリカのバーガーショップのチェーンではないからです。少なくとも私が歩いてみた限りは、アメリカ発祥のバーガーチェーンはみられませんでした。

 だとしたら、これはどういうことでしょう。私はローカル化の力が強く働いているように感じました。世界規模のチェーン店(マクドナルドやバーガーキングなど)が入れないのが政府の規制によるものなのか、そもそも企業戦略において参入を控えているのかはわかりません。ただ、マクドナルドがないために、地元の人が自分たちの力で自分たちのバーガーを作っていかなければなりません。このなかでできたのが、巨大なバンズとカリカリのパテが特徴のエチオピアバーガーなのだと思います。

 そんなことを考えながら、せっせとジュースでバーガーを体内に流し込みます。バーガーをかじりジュースで流し込み、チップスをかじりジュースで流し込み。たれてくるソースで手を汚しながら、豪快に食べるのが流儀でしょう。わしづかみにして頬張ったバーガーからは、グローバル化とローカル化がせめぎあう味がしました。

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vol.4 ピザとパスタ

 ピザとパスタ。これもグローバル化した食べ物かもしれません。でも、エチオピアの場合は少々事情が異なるように思います。なぜなら、エチオピアはピザとパスタの故郷であるイタリアとの歴史的つながりがあるからです。

 高校世界史を学んだ方であれば、エチオピアは19世紀末の「アフリカ分割」のときも独立を保った数少ないアフリカの国家ということは有名だと思います。エチオピアは、アドワの戦いでイタリアを破り植民地化を免れたのです。この時代において、有色人種が白人種に勝った数少ない戦いです。

 少し後に、アジアの片隅である日本も日露戦争を戦いました。こちらも有色人種と白人種の争いという意味では同じ構図でした。「アジアの盟主」と「アフリカの盟主」を自認した両国は、1920年代後半から1930年代前半にかけて急速に接近していきます。

 具体的には、エチオピア外交使節団が来日したり、エチオピア皇族に日本の華族が嫁ぐ話が出たり、裏ではエチオピアへの軍事的支援が模索されたりしました。こういった話については、山田一廣 (1998)『マスカルの花嫁:幻のエチオピア王子妃』や藤田みどり (2005)『アフリカ「発見」:日本におけるアフリカ像の変遷』に詳しく書いてあります。

 さて、一時は盛り上がりを見せた日本エチオピア交流でしたが、1935年の2度めのイタリアによるエチオピア侵略を境に急速に衰えてしまいます。その一つの原因が、この電報から見て取れると思います。

 

満洲問題ニテ連盟と争ヒタル日本トシテハ之ト「エチオピア」問題トノ内情ノ相違ハアリトスルモ我ヨリ伊ノ行動ヲ非議スルハ当ヲ得サルモノノ如ク弱者ニ対スル感情ノ問題ハ別トシ余リ深刻ニ伊ヲ非議セハ我自ラ日支事件中ノ行動ヲ否認スルノ珍現象ヲ招致スヘキノミナラス後日支那ニ乗セラルル素因ヲ作ルコトトナルヘシ(佐藤発広田宛電報 第250号ノ2 1935.7.24発7.25着)。

 

 発信者は駐フランス特命全権委任大使の佐藤尚武で、受信者は当時の外務大臣でありA級戦犯広田弘毅です。佐藤は満州事変の際にベルギー大使として国連総会に参加し、国際社会から猛烈な批判を受けた人物でもあります。

 電報では、イタリアによるエチオピア侵略(エチオピア問題)に異議を唱えるのであれば、日本による「満州問題」が説明がつかなくなると述べられています。こうして満州を優先して、エチオピアを見捨てていったのです。

 話がたいぶ横道に逸れました。こうして残念ながら、エチオピアはイタリアに侵略されてしまうのです。とはいえ、イタリアの影響は侵略以前からあったように思います。なぜなら、1935年以前からイタリアはエチオピアに対して友好的であるように振る舞っていたからです。

 例えば、エチオピア国連に加盟するときにはイタリアが外交的に支えてくれたり、1924年に後に皇帝となるラス・タファリがローマを訪れた際にも歓待されているからです。さらにいえば、1928年にはエチオピアとイタリア間で友好協定まで結ばれています。こうした態度の裏で、イタリアのファシストたちは虎視眈々とエチオピアの領土を狙っていたのでしょう。

 さて、こうした一筋縄ではないエチオピアとイタリアの関係を考えながら、ピザとパスタに舌鼓を打つことにしましょう。モッツァレラチーズがたっぷりのったマルゲリータとツナのパスタ。これほどコテコテのイタ飯をイタリア料理の店以外で食べることもなかなかないでしょう。

 まずはピザを、次にパスタを頬張ります。ナポリの風(行ったことないけど)を鼻孔に感じつつ、トマトとチーズの調和を感じます。すると、次の瞬間刺すような辛味を舌先に感じました。大量に刻まれた青トウガラシです。魅惑の味の裏には、辛味が隠れていました。してやられた・・・。この辛味は、ひた隠しにされたファシストの野望なのか、エチオピアによる小さな反撃なのか、ゆっくりと味わいながら考えることにしましょうか。

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健康志向でアディスアベバ

 こんにちは。おかげさまで順調に旅を続けられています。現在は、スタート地点のエチオピアルワンダを経て、ウガンダの首都カンパラに滞在しています。お腹の調子も快調(腸)です。多少問題があるとしたら、食べ過ぎぐらいでしょうか。今日は、旅のスタート地点であるエチオピアの話を書きたいと思います。

 

 

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 エチオピア。この言葉の響きに、みなさんはどんな印象をお持ちでしょうか。ユートピアのような響き。老舗のカレー屋の名前のような響き(日本に実在するそうです)。なんだか不思議で、とっても遠い異国で、なんだか古めかしくて、スパイシーな香りがしそうな・・・。「日本的オリエンタリズム」を刺激する響きである気がします。(アディスアベバという響きも好きです。なんか口に出して言いたくなりませんか。アディスアベバ!!)。

 一方、エチオピアに関連事項としては、マラソン(アベベゲブレシラシエなど)、エチオピア飢饉We are the Worldのアレ)、コーヒー豆が有名でしょうか。さきほどのイメージと合わせると、「不思議な異国であり飢饉に苦しみつつ走るのが速いコーヒーの生産地」ということになります。

 では、首都のアディスアベバはどんな町だと思いますか。殺伐とした・・・そんな訳はなく、他のアフリカの多くの都市と同様に人も車も物もごった返した活気ある町です。チャイナ・マネーによる建設ラッシュはとどまるところを知らず、あちらこちらで中国の建設業者の立て看板が見られます。

 気候はというと、標高2,000mを超えるだけあって涼しく、朝晩は肌寒さも感じるほどです。空気は乾燥ぎみで、でもカラッとしているわけでもありません。排気ガス排気ガスで洗うような空気汚染っぷりで、化学的な臭いが鼻の奥から離れません。

 

 

vol. 1 インジェラ

 空港からしばらく歩いてミニバスに乗り20分ほど。商店がひしめくピアッサで下車します。滞在したのはTaitu Hotel。Taituは建設当初の王妃の名前です。100年以上も続くアディスアベバ最古の西洋式ホテルで、歴史を感じさせるたたずまいが魅力です。

 さて、ここでなぜエチオピアから旅をはじめたのかについて説明しなければなりません。その理由はただ一つ、どうしてもここで食べたいものがあったからです。それがインジェラ穀物テフを原料とするパン(クレープ)です。

 色はグレーで、蕎麦に近い気がします。舌触りは柔らかいクレープのような感じです。味はどうか。酸味豊かで口の中を刺激してくれます。例えるなら、賞味期限の切れた無糖ヨーグルトの味です。酸味の秘訣は発酵にあります。普通のパンケーキやクレープとは違い、インジェラは発酵食品なんです。

 

 

 このインジェラに、いわゆるカレーのルーにあたるようなシチューをつけて食べます。シチューにはいくつか種類があり、Fastingと呼ばれる精進料理のようなものや、doro watと呼ばれるチキンとゆで卵が入ったスパイシーなシチューなんかがあります。湖の近くに行けばティラピア(淡水魚)のfirfirなんかもあります。さらに、町ではみかけませんでしたが、具なしのソースだけのった格安のものもあります。インジェラと食べるシチューはいくつも種類があり、そこから選べるのもまた楽しみです。

 今回アディスアベバで食べたのは、FastingとDoro Watです。インジェラの酸っぱさとシチューの辛さで次第に舌が麻痺していくのが自分でも感じられます。でも、これが病みつきになるんです。シチューをつけたインジェラを口に入れると、舌先から口全体に酸味が広がり、それから旨味と辛味が押し寄せてきます。とくに今回食べたDoro Watは、胃をダイレクトに刺激してくる辛さで、火を吹きながら食べました。

 このインジェラですが、最近欧米の女性の間で密かに話題になっているとかいないとか。理由は、インジェラの原料テフが大変健康にいいというのです(ほんまかどうかは知りません・・)。たしかに、テフを小麦粉の代わりに使えばグルテンフリーになり、小麦粉を目の敵にしている人なら喜んで食事に取り入れる気がしないでもありません。

 もしかしたら、そのうち日本でも流行るかもしれませんね。だって、20年前にタピオカが流行り、チアシードが流行るなんて、誰も思わなかったでしょう。インジェラだって、いつ流行るかもわかりません。色は蕎麦に似ているので、もしかしたら蕎麦アレルギーの人のための蕎麦がテフから作れるかも。そんなことも考えてみたりします。

 

vol.2 チマキ&サラダ

 さて、インジェラを腹に入れたら次に気になるのはチマキと呼ばれる飲み物です。インジェラは好き嫌いがあると思いますが、チマキを嫌いな人はほとんどいないと思います。そんな魅惑のチマキはどんな飲み物なのでしょうか。

 今回チマキをいただいたのは果物屋の奥にあるレストラン。店頭には、マンゴー、パパイヤ、イチゴ、パイナップル、バナナ、アボカドなどの果物が溢れんばかりに並べられています。チマキはこれらの果物で作るフレッシュジュースです。ジュースの層が3、4層になっており、一杯で数種類の果物が味わえるのも魅力です。

 チマキを頼むと必ずついてくるのが小さなレモン。これをギュッと絞っていただきます。とくに甘いパパイヤとこのレモン汁が非常にあいます。最初は各層の味を楽しみつつ、少しずつ混ぜていって飲み干します。周りを見ていると、人によってはストローではなくスプーンですくって食べている(飲んでいる)人もいました。それほど、濃厚といいますか果汁ではなく果肉100%のジュースなんです。

 そして、このレストランでいただいたもう一品がサラダ。お客さんの8割ほどがこのサラダを注文していました。ゴロゴロと来られたアボカドとバナナ、茹でたじゃがいも、レタス、トマト、ニンジン、タマネギ、青トウガラシがのった皿に、パンが添えられています。ドレッシングは、塩と酢だけのシンプルなものです。

 サラダなのに、バナナなんて。そう思う人もいるかもしれません。念の為断っておきますが、これは甘くないプランテンバナナではありません。甘いバナナです。実は、このバナナの甘さが重要なんです。なぜなら、バナナがないととてもじゃないけど生の青トウガラシなんて食べられないんです。青トウガラシを一口噛んで、バナナを口に入れる。バナナのねっとりとした感じもあいまって、見事にきつい辛味を調和してくれます。

 周りを見ているとこのサラダは2人でシェアして食べている人が多いみたいです。それだけ盛りだくさんの一皿です。チマキを飲んで、サラダを食べて、なんて身体に良いんでしょうか。暴飲暴食の旅だと思っていたのに、今のところ健康にいい食べ物ばかりです。

 おっと、これはいけません。せっかくの「うまか旅」なんですから、身体に悪いものを食べてナンボですわ。ということで、次回はアディスアベバのジャンキーな食べ物について紹介したいと思います。

 

ドーハで喜劇

こんにちは。今泉です。

 

伊丹から成田、ドーハを経由して、エチオピアの首都アディスアベバに到着しました。

さすがは標高2,000mを超える高山都市。20℃前後と過ごしやすいです。

 

気前のいいカタール航空

今日は、2日前に訪れたドーハ滞在を振り返って書きたいと思います。

東アフリカに行ったことがある人の多くが滞在したことがあるであろうドーハ。

 

なんと言っても、日本で有名なのは「ドーハの悲劇」でしょうか。なんかドラマチックな表現ですよね。でも、正確にいうとドーハで暮らす人にとっては、悲劇でもなんでもないでしょうし、「ドーハ=悲劇」という数式は成り立たないのであります。

 

なにを言いたいかというと、本当は「ドーハで悲劇」という表現が正しいということです。「悲劇 IN ドーハ」ですよ。

だから、今回のタイトルは「ドーハで喜劇」。

………はい、そんな屁理屈はどうでもいいですよね。

 

とにもかくにも、成田から11時間ほど飛行機に乗ってドーハに着きました。到着時刻は午前4:30で、次のフライトは20:30。16時間もあるのです。

 

 

この時間を利用して、ドーハ観光に行きたい!

でも、オイルマネーにまみれたドーハは物価が高いし、出歩くのは大変では…。

実は、あまりそんな心配は必要ありません。(少なくとも、2017年2月13日現在は)。

というのも、カタール航空を利用していくと無料のホテルと観光ツアーが提供されるからです。

まさに、「ドーハで喜劇」。

 

とはいえ、黙っていたらホテルも提供されなければご飯代さえ出してもらえません。

まずは、カタール航空の空港カウンターに行って、ホテルの手配をしてもらいます。

案内に従って、外へ出るとホテルのスタッフが待っており、ワゴン車でホテルまで連れて行ってくれます。

 

今回案内されたのは、Concorde Hotelです。空港から20~30分といったところでしょうか。

ドーハ町の中心部は港付近なのですが、港から3kmほど内陸に入ったところにあります。

超高級ホテルではありませんが、いわゆる高級ホテルです。基本的なもの(風呂、シャワー、アメニティ、wifi、飲料水など)は、当然のように揃っています。

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魅惑の昼食ビュッフェ

さて、一眠りしているともうお昼どきです。

私のときは、100レアルまでの食事のクーポンもついていました。

昼食のビュッフェが95レアルだったので、ここで使うことにしました。

ちなみに、100レアルは3500円くらいでしょうか。

 

ビュッフェはINTERNATIONAL FOODだと紹介されました。

メニューは、タンドリーチキン、白身魚のタルタルソース、インドカレービリヤニ、豆のペースト、生野菜、スイーツなど50種類は超えそうな充実度です。

 

ここでは、せっかくだから本場中東のビリヤニについて少し紹介したいと思います。

ビリヤニは、日本でいう「炊き込みご飯」です。

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牛骨出汁でインド米を炊いて、ニンジン、レーズン、カシューナッツ、パセリなどをのせたものです。お米だけであれば、いわゆるインド米版の「炊き込みご飯」なのですが、そこにレーズンやナッツを加えると面白いように味が変化します。

 

そもそも「レーズン✕炭水化物」っていうのは、黄金の組み合わせだと思います。

学校給食でもよく出るレーズン・パンは、その代表でしょう。

少し塩気のある炭水化物とレーズンは、ほんとうによく合うんです。甘すぎず、主張しすぎず、それでいて飽きがこない。

 

そして、もうひとつのアクセントは、やはりカシューナッツ。東アフリカでも、ピリヤニは見るのですが、これほどカシューナッツが入っているものは見たことがありません。日本でもそうですが、カシューナッツは少々お高いのです。こんなにふんだんに使っちゃっていいのか、と不安になるほどです。

 

このナッツが、食感を楽しくしてくれます。パラパラのご飯に、カリッと噛みごたえのあるナッツ。噛み砕くうちに香ばしさが口の中に広がっていきます。いやーうまい。

 

ちなみに、カシューナッツスワヒリ語でkoroshoと言って、よく布製品のデザインに用いられたりします。なんだかkoroshoのデザインみていると、日本のヒスイを思い出すのは私だけでしょうか。あの得も言われぬ曲線に魅力を感じるのは、何か文化を超えた根源的な美をカシューナッツが持っているからかもしれません。

 

タンザニアの南東部はkoroshoの有名な生産地で、バスターミナルには必ずkorosho売りがいます。塩で炒めてあるだけのシンプルなものですが、これはこれで美味しいです。今回の旅でも、(今のところ)訪れる予定なので、今後紹介詳しく紹介したいと思います。

 

閑話休題

 

次はデザート。これも沢山用意されていて、どれにしようか迷ってしまいます。

ケーキ、ムース、プリンが、それぞれ数種類ずつあります。

プリン好きの私は、迷わずイチゴがのったプリンを頂きました。

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先日、楽しみにとっていたモロゾフのプリンをある人に食べられたので、今回はそのリベンジでもあります(←なんの話やねん)。

 

味は、予想していた通りでしょうか。甘い。濃ゆい。

日本でいう「濃厚」とは違った、甘さ、濃さです。

少し固めで、口に入れると喉に張り付くような甘さ。

対照的に、イチゴは全く甘くありません。あまりに甘くないので、サラダにできそうと思ってしまうくらいです。

もちろん、完食です。

 

ドーハを歩こう

さて、腹ごしらえのあとは町へ繰り出します。今回は、同じくカタール航空のトランジットを待っているバングラデシュ人のおじさんと一緒です。シエラレオネから母国に帰る道中らしく、西アフリカ話がはずみました。

 

まずは、City Centerと呼ばれる大きショッピング・モールへ向かいます。

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おじさんは、3歳の愛娘にお土産を買うらしく1時間半後に待ち合わせをすることに。

 

私はとくに買うものもないので、モールを一通り見た後は外に出ることに。

一歩外に出ると、さすがドーハ。全面ガラス張りのビルが、立ち並んでいます。とにかくガラス張りばかりで、世界中のガラスの大半はここで使われているのではないかと思ってしまうほどです。

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きらびやかな衣装をまとい、空に向かってすっと伸びているビル群は、なんだかファッションショーのスーパーモデルたちを想起させます。建物どうしが対抗意識を持っているような、そんな雰囲気さえ感じるのです。

 

上ばかりみていても首がつかれるので、視線を落とすと面白いモノが。

ムスリム男性が道路を渡っている標識です。

所変われば標識に描かれる人間まで変わるのかと感心してしまいました。

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もう少し歩き回っていると、2匹の猫。

誰かがエサを与えているみたいで、大都市のど真ん中で寄り添うように暮らしていました。

ビルと猫。なんだか不思議な組み合わせです。

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街を歩いて小一時間すると、バングラおじさんとの待ち合わせの時刻になっていました。

ここからは、彼と港の方へ向かいます。

 

港には、クルーザーとクルーザーとそして、クルーザー・・・まれにヨット。

 

この国では、石油がビルになり、船になるんですね。

一度は乗ってみたいけど、なかなかご縁がなさそうです。

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そうこうしている間に、夕暮れどき。

ホテルでひとっ風呂浴びて、空港へ向かいます。

 

ドーハ経由ならトランジットで!

送迎のワゴン車に乗って、30分ほどで空港へ到着します。

夜のドーハはネオンが輝き、昼とは違った景色を見せてくれました。

たった1日のトランジットでしたが、ドーハを満喫できた滞在でした。

 

もし、今後ドーハ経由でどこかに行かれる方には、乗り継ぎ時間が長い便を選ぶことをおすすめします。だって、無料でホテルも食事も観光もできるんです。降りなきゃ損です。

いつまで気前のいいサービスが続くはわかりませんが、そこに石油がある限りサービスも続くのではないでしょうか。

ぜひぜひ、みなさまも「ドーハで喜劇」してみてください。